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L.デットーリが騎乗したイギリスの牡3歳馬、 ゴールデンホーンの勝利で幕を閉じた2015年の凱旋門賞 (フランス語ではPrix de l’Arc de Triomphe)。史上初の3連覇が期待されたフランスの牝5歳馬、トレヴは4着に終わった。→レース動画

毎年10月の第一日曜日に、フランスロンシャン競馬場で行われる世界最高峰と謳われる競馬の祭典、それが凱旋門賞だ。近年では国内でも、日本馬が参戦したときは地上波で生中継が組まれるほどの注目レースである。

中継されたレースの様子や競馬場の雰囲気から、競馬ファンならずとも「凄い大会なんだな」という印象を受けるが、その概要を詳しく知っている人は少ないのではないか。そもそも凱旋門賞とは何なのか?筆者も気になったので簡単にまとめてみた!

画像:エドゥアール・マネ – ロンシャン競馬場 (1864)

概要

 


1920年に第一次世界大戦後に衰退したフランス競馬再興を掲げて誕生した国際競走である。

ヨーロッパのみならず世界中のホースマンが英国ダービーやケンタッキーダービーと並び憧れ、勝利を目標とする[世界最高峰の競走の1つとして知られている。

ヨーロッパでの競馬シーズンの終盤に開催され、その年のヨーロッパ各地の活躍馬が一堂に会する中長距離のヨーロッパチャンピオン決定戦とされる。

日本でも近年きわめて知名度や人気の高い競走で、日本国内で最上級の活躍をした競走馬が1960年代後半からしばしば参戦している。

凱旋門賞開催を盛り上げるため凱旋門賞の前日に4つのG2競走が、当日に凱旋門賞をメインに7つのG1競走が施行されており、その週末の2日間は凱旋門賞ウィークエンドと呼ばれている。

-Wikipedia参照-

 

1920年に始まり、今年で94回目の開催となった歴史のあるレースである。
上記にも記したように近年、日本馬の参戦も頻繁に行われるようになった。

 

日本馬の成績

48回 1969年 スピードシンボリ 着外(11着以下)

51回 1972年 メジロムサシ 18着

65回 1986年 シリウスシンボリ 14着

78回 1999年 エルコンドルパサー 2着→レース動画

81回 2002年 マンハッタンカフェ 13着

83回 2004年 タップダンスシチー 17着

85回 2006年 ディープインパクト 失格(3位入線)

87回 2008年 メイショウサムソン 10着

89回 2010年 ナカヤマフェスタ 2着 ヴィクトワールピサ 7着(8位入線)→レース動画

90回 2011年 ヒルノダムール 10着 ナカヤマフェスタ 11着

91回 2012年 オルフェーブル 2着 アヴェンティーノ 17着→レース動画

92回 2013年 オルフェーブル 2着 キズナ 4着→レース動画

93回 2014年 ハープスター 6着 ジャスタウェイ 8着 ゴールドシップ 14着

※スピードシンボリが走った当時は、11着以下は公式記録が残されていない
ディープインパクトは3位入線だったが、後に禁止薬物が検出され失格処分
ヴィクトワールピサは8位入線だったが、7位が失格となり繰上げ7着

 

 

 ・今までの勝ち馬(国別)


フランス66勝
イギリス13勝
アイルランド7勝
イタリア6勝
ドイツ2勝

圧倒的に開催地のフランスの勝ち数が多い。 ヨーロッパ馬以外の優勝場はいない。 (日本開催のレースでも外国馬が勝つことは珍しい。過去に凱旋門賞馬が日本のG1ジャパンカップに出場しているが皆敗退している。要因は、遠征に要する輸送による馬への負担、気候の違い、慣れない土地での体調変化、ストレスなどがあげられる。)   

 

今までの勝ち馬(年齢別)


3歳 59頭

4歳 27頭
5歳 7頭
6歳 0頭
7歳 1頭

3歳での優勝馬が圧倒的に多い。 これは、このレースで適用される負担重量に関係していると思われる。
3歳牝馬54.5kg 3歳牡馬56kg 4歳以上牝馬57.5kg 4歳以上牡馬59.5kg  

凱旋門賞が世界最高峰のレースである理由

フランスでは、19世紀半ばに3歳馬のための国際的なクラシック競走としてパリ大賞が創設され、国外からも一流馬を集めて成功していた。これにならって古馬のための大競走が企画され、第一次世界大戦終戦直後の1920年に創設された。これが凱旋門賞である。

しかし初めの30年間は国外(特に競馬先進国のイギリス)からの一流馬の参戦はなく創設の目的を果たせなかった。1949年に大幅な賞金増によって世界一の高額賞金競走となると徐々に注目を集めるようになり、1965年には世界中から集まった一流馬を相手に圧勝したシーバードが世界史上最強馬と認定されるに及んだ。

その後もミルリーフと言った名競走馬が一流馬を相手に勝つことで、凱旋門賞の国際的な名声はますます高まった。1986年にはイギリス、フランス、西ドイツ、アイルランドや日本、南米からもクラシックホースが集まり、これらを相手にレコード勝ちしたダンシングブレーヴは世界最高の名馬となった。

凱旋門賞の成功にあやかって、世界各地に国際的な大競走が創設された。これらの多くは極めて高い賞金を出して凱旋門賞の上位馬を呼び寄せることで権威を高めようとした。1990年代には、いくつかの競走は凱旋門賞を超える賞金を出すようになった。一方、凱旋門賞は世界最高賞金の座を奪還するためにスポンサーと契約し更なる賞金の積み増しを行なっている。

-Wikipedia参照-

まとめ

凱旋門賞について少しはお分かり頂けただろうか。

ヨーロッパの名馬の中の名馬を決めるレース、そして世界中の名馬の中の名馬を決めるレースへと成長していったのである。

日本馬は今まで19頭が参戦して未勝利だが、エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーブルは2着と大健闘。しかもゴール直前までは1着だった。これは本当に立派な成績だと言っていいだろう。日本の競馬はもはや世界最高峰といっても過言ではないくらいにレベルが高い。

ヨーロッパ勢以外で初の勝ち馬が日本馬であることを期待して止まない。今年は皐月賞・ダービーを制したドゥラメンテに期待が集まったが怪我で断念。来年こそは彼に日本の夢を託したい。もしくはさらなる怪物の誕生があるかもしれない。

さらに詳しく知りたい方はこちら


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